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Kagoshima Mountaineering Circle

雨の市房山 ~日本二百名山で豪快アスレチック~

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約11分

北アルプスをめざして vol.6

師走の忙しさに紛れてレポートが遅れましたが、トレーニング登山に行ってきました。ナビゲーターは、登山道閉鎖により獅子戸岳へのリベンジが叶わず地団太を踏んでいるオリーブです。2019年12月最初の2連休を利用して県外遠征に行ってきました。今回の登山トレーニングは日本二百名山、熊本県の市房山です。

グレた山々

深田久弥の日本百名山の中に九州の山は6座しかありません。九重山、祖母山、阿蘇山、霧島山、開聞岳、宮之浦岳…どれも堂々とした立派な山です。惜しくも選抜にもれたのが、今回の市房山。その他、大分県の由布岳や鹿児島県の桜島といった有名どころもトップ100入りを逃しています。Wikipediaによると、深田久弥は、及第すれすれの山を選ぶ心情を『愛する教え子を落第させる試験官の辛さに似ていた』と述べたとか…。まさかの落第となった桜島はすっかりグレてしまい、いまや毎日爆発を繰り返しています。

市房山の標高は1721メートル。百名山の宮之浦岳、久住山(中岳)に次いで九州第3位の標高です。それなのに、標高わずか924メートルの開聞岳に負けてしまった市房山の無念は相当なものだったのでしょう。地を這う曲がりくねった巨大な木の根や、果てしなく続く容赦ない急登は、まるで登山者への復讐かと思うような苦難に満ちた道だったのです。

田んぼで大興奮!

2019年12月01日

市房山のベストシーズンは、アケボノツツジが咲くゴールデンウィークの頃です。ふわふわの大きなピンクの花びらをつけたアケボノツツジは、写真で見るだけでもうっとりする可憐さです。しかし!ゴールデンウィークまでのんびり待っている時間はありません。花も紅葉も雪もない12月初めにトレーニング登山を決行しました。

ずっと晴れの日が続いていたのですが、なぜか12月2日だけが雨マークになっています。せっかく遠征するのだから、もっと天気のいい日に計画変更しようかとも思ったのですが、無理やり休みをねじこんでいたこともあり、いちかばちか行ってみることにしました。

直前まで迷っていたので、出発の朝になって市房山近くの宿を検索してみます。直前すぎて、楽天トラベルやじゃらんからの予約はできませんでしたが、『市房観光ホテル』のサイトからネット予約ができました。素泊まり5000円、温泉かけ流し、トイレは共同、キャッシュレスで5%還元!ありがたい限りです。

熊本県はお隣なので、頑張れば泊まらなくても行けるのですが、せっかくなので前泊して遠征気分を盛り上げます。鹿児島ICから人吉ICまで1時間20分程度。市房山のある球磨郡水上村まではそこから40~50分ほどかかります。フルーティーロードという道を行くとよいらしいのですが、フルーティーロードがどの道なのかがいまひとつわからないまま進みます。のどかな田園風景の向こうに、雄大な青い山脈が連なっています。静かにどっしりと佇む姿は、まるで寡黙な武士のようです。

ふと田んぼの方に目をやると、茶色の大きな鳥が何羽もいるのが目に入りました。

『なんか大きな鳥がいる!』というと、リーダーが不思議そうな顔をします。一羽の鳥が動くと、周りにいた鳥も一斉に飛び跳ねました。
ん???なんか変!?
鳥じゃない!!!猿です!!!
たくさんの猿が赤いおしりを見せて飛び跳ねています。
『さるーーーー!!!!』と叫ぶと、『なんで鳥っていうのかと思った』と冷静なリーダー。
いやいやいや、田んぼに猿がいるのになんでそんなに冷静でいられるんですかー!!!
動物園以外で初めて猿を見て大興奮!あさぎり町の田んぼには元気な猿がたくさんいます。

水上村を満喫!

猿の興奮が冷めないままに、水上村に入りました。山間の赤いループ橋を白いアウディA1が突っ走ります。唐突に市房ダムが現れます。たっぷりと水をたたえたダム湖の周りを、モミジや桜や椿など、映える植物が取り囲んでいます。そんな風景に溶け込むように、『水の上の市場』はあります。水上村の物産館です。ログハウス風のおしゃれな建物のなかに、特産品やお土産品が並んでいます。ジビエ料理のレストランもあり、店内にはいい匂いが漂っています。時刻は13時。ランチの予定が決まっていなければ、きっとここでお昼を食べていたしょう。急にお腹がすいてきたので、お土産や50円の市房山MAPを入手し、今日いちばんのお目当てである手打ち蕎麦屋へと急ぎます。

市房山に向かう一本道を左に折れてすぐのところに、『山の幸館』はあります。名前だけきくと道の駅風ですが、柿の木のある庭を持つとてもお洒落な古民家です。囲炉裏を囲む椅子席と6つの座敷席があります。この山の幸館では、村の在来種の蕎麦の実を石臼で挽いた十割蕎麦を食すことができます。やや緑がかった蕎麦は香り高く、つるりとのどごしよく、鹿児島と比べるとやや辛めのつゆとの相性もばっちりでした。日頃から蕎麦の食べ歩きをしている私ですが、3本の指に入ると確信しました。

大満足の蕎麦屋を後にして、本日の宿に向かいます。ちいさな路地にいくつもの民宿が立ち並ぶ宿場町のようなところに『市房観光ホテル』はあります。木造のこじんまりとした和風の宿です。引き戸をあけると磨きこまれたつやつや光る廊下と暖炉が目に入ります。ご主人に案内されて市房ビューの部屋に入りました。木枠の窓や大きな炬燵、一人掛け用の椅子が置かれた窓辺の板の間。昭和の文豪の定宿といった風情の部屋にテンションが上がります。炬燵の上には、丁寧にラップされた栗の渋皮煮が置いてあります。甘くて美味しいこの栗は、この宿の庭でとれるそうです。

まだ日があるので散歩にでます。宿のとなりにある小さな城山から市房山と水上村を見渡します。限りなくのどかな田舎の風景です。村を歩くと、どこにいても水の流れる音が聞こえてきます。この辺の水がやがては球磨川へつながっているのです。村の名前に納得です。
とろっとした温泉に入り、家から持ち込んだオードブルと水の上の市場で買ったお餅でささやかな前夜祭をします。明日は5時起き!10時の消灯の頃、ついに雨が降り出しました。

雨上がりの森

2019年12月02日

目覚ましが鳴り、耳を澄ますと、雨の音が聞こえます。眠りと覚醒の狭間を行ったり来たりしているうちに30分ほど時間がたっていました。カーテンを開けて庭を見ると大きな水たまりができていますが、雨は止んでいるようです。急いで出かける準備をします。あろうことか、足首のサポーターを忘れてきていたので、ネット画像を見ながらテーピングで足首を固定します。がらんとした市房山キャンプ場に車を停め、登山口へ向かいます。霧が雨か迷うくらいの小さな水滴が頬にあたりますが、天気予報のくもりマークを信じて登り始めます。

登り始めるとすぐに大きな杉の木が現れます。この原生林には、樹齢800年以上の市房杉が52本も生きているのです。最初の杉でも十分大きいのですが、幹回り8メートル超えの平安杉や新夫婦杉や双子杉など名のある杉の木がどんどん出現し、その都度写真をとるのでなかなか前に進みません。

八丁坂のという名の坂道の大きな石段はとことどころ苔むしていて歴史を感じます。段差が大きい石段に息が上がってきた頃に、市房神社が見えてきます。木々の間から赤い神社が見えてくる風景は映画のワンシーンのようです。

縁結びの神社で念入りにお参りします。縁結びの縁は、出会いの縁だけではなく、お金の縁や仕事の縁もあるそうなのです。神さま、どうか収入アップをお願いします!!

さて、事前の情報によると、この神社を過ぎたところから一気に道が険しくなるようです。意を決してアタックしようとしますが…あれ?登山道が見当たりません。大岩や土砂で橋が決壊したような明らかに危険な道がありますが、さすがにこれはマズイ気がします。3分くらい付近をうろついたところで、神社の真裏の叢に登山道があるのを発見!灯台下暗しです。無事に登山道を上り始めるとすぐに急登です。昨夜大雨が降っていたので道がぬかるんでいることを覚悟していましたが、心配していたほどではありません。張り替えたばかりのビブラムソールのおかげでしょうか。靴底の張替えに23000円ほどかかりましたが、ピカピカに生まれ変わった愛靴には大満足です。革靴の場合、年月を経て何とも言えない味わいが出てくるので、修理をしながら長く使っていくのがいい気がします。しっかりとメンテナンスされたベテランの登山靴は、柔らかい履き心地と上品な光沢で、新品には到底出すことのできない圧倒的な魅力を放つのです。

手袋を買いに

むき出しになった木の根が複雑骨折をしたあばら骨のように地面を覆っています。丸木でできた人口の階段は、土が流れ出て大きなハードルと化し、登山道を障害物競争の競技場に変えてしまっています。岩場に垂れ下がったロープは泥にまみれ、滑りやすくなっています。丸い木でできた大きな梯子の表面は緑色に苔むしており、雨で濡れてなめこのようにぬるぬるしています。

こんな具合に、市房山の登山道は決して楽ではありませんでした。もっとはっきり言うとうんざりするような道が延々と続くのです。無になって、試練の道を歩き続けます。7合目を過ぎてくると、笹が増え、だんだんと木が少なくなります。そうすると、今まで木々で遮られていた冷たい風が容赦なく私たちに吹きつけてきます。

さすが12月!と思わず唸ってしまいます。寒さで手がかじかみます。フードをかぶり、持っていた軍手をはめてみましたがさほど暖かくはありません。この時私は、帰ったら良い手袋を買いに行こうと強く心に決めたのでした。

登山と悪人

空が近づき、やっと登頂!と思うような場所に、『山頂まであと5分』の看板が立っています。事前の情報収集で偽ピークがあることを知っていたので騙されることはありません。涼しい顔で(というか、寒さに震えながら)偽ピークを後にします。5分後、本物の山頂に到着です!

天気が良ければ、南に霧島、東に祖母山、北には阿蘇山が見渡せるはずなのですが、あたり一面ガスに覆われていて、何の眺望もありません。5メートル先は真っ白です。木も岩もない山頂には、冷たい風が吹き荒れています。長居は無用。3分後には『心見の橋』へと歩を進めていました。心見の橋とは、切り立った崖のすき間にちょうど橋のようにはさまった大岩のことです。心が汚れた悪人が渡るとこの岩が外れて、真っ逆さまに落ちてしまうという言い伝えのある場所です。まだ落ちた人はいないそうなので、登山が好きな人に悪い人はいないようです。

心には自信があったのですが、クライミング技術に自信がなく、心見の橋は辞退することにしました。リーダーはひょいと岩に乗り真ん中まで行きましたが、雨で足場が悪くズボンが汚れるのを嫌い、橋の途中で勇気ある撤退。心見の橋はそう簡単に渡れる橋ではありませんでしたが、このイベントのおかげで、キツイ登山が一時盛り上がりました。

最速ランチ

心見の橋で写真を撮っている間に、一段と風が強くなってきました。本気で指がちぎれるような寒さです。とにかく風のない場所を求めて来た道を戻ります。山頂を素通りして少し下ったところで、坂や岩で風が遮られ急に風が静かになります。とりあえず、ここでランチをとることにします。今日のメニューは、カレーメシと焼きそばとスープです。どでかい魔法瓶に宿で沸かしてもらった熱湯をたっぷり持ってきたのであっという間に温かいランチが完成しました。こんな真冬の寒い日は温かい食べ物でもないと気力がやられてしまいます。しかし、いつものようにリラックスできる状況ではありません。せっかくの温かいランチもすぐに熱を失い、だんだんと冷たくなってきます。当然、私たちもじっとしていると体が冷えてきます。立ち食い蕎麦並みの速さでランチをすませ、先を急ぎます。

自分との闘い

午後になっても相変わらずの曇り空。天気予報では徐々に晴れてくる予報でしたが、今にも雨が降り出しそうな厚い雲です。冷たい強風に雨まで加わったら地獄です。レインウェアを顎上までしっかり閉めてフードをかぶり、腕にはアームウォーマーを仕込みます。フリースを着ようか迷ったのですが、歩いているうちに汗をかいて逆に冷えそうだったのでやめておくことにしました。簡単に脱ぎ着できるアームウォーマーやネックウォーマーなどの冬小物が、九州の山では重宝しそうです。

アスレチックな道と吹きすさぶ風に心が折れそうになりながら、ひたすら山を下ります。ぬるぬる滑る梯子や飛び降りなければならないほどの大きな段差をひたすら無言で歩きます。もはや自分との闘い!登山では、フィジカルだけでなくメンタルも鍛えられます。

神社が見えてくると、何となくホッとします。この先は安全なトレッキングルートを下りるだけです。しかし、下山での段差の大きな階段は、敵面に膝にダメージを与えます。先を急ぐあまり、その階段をポンポンと下っていたらまた膝がガクガクしてきました。少しでも小さな段差を選んで足を運び、軸足の膝を曲げたまま忍者のように歩くと膝への負担が減るというリーダーのレクチャーを受け、忍者歩きで段差を歩きます。確かに膝への負担は軽くなったような気がしますが、歩き方が下手なせいで股関節あたりが痛くなってきます。普段からの筋トレの必要性を噛みしめながら最後の道を歩きます。市房杉の森を抜け、やっと下山することができたのは、16時でした。長く厳しい市房山登山でしたが、ケガもなく無事に下山することができました。

思った以上に厳しかった市房山。寒さ対策を早急に固めようと心に決めました。アイゼンも購入してあるので、この冬は雪山に初挑戦する予定です。次回、待望の雪山デビューはお気に入りの“くじゅう”で決まりです。

2019年12月01~02日 Sun~Monday
writer オリーブ

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member Olive

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北アルプスをめざす小説家志望のA型女子。