北アルプスをめざして vol.7
令和2年1月13~14日。新調したアイゼンをザックに詰め込んで、冬山トレーニングに行ってきました。やってきたのは真冬のくじゅう!初めての冬山、そして初めての山小屋泊です。
今回の行程は2日あわせて約16キロの道のりです。
1日目 長者原 ⇒ 雨ヶ池 ⇒ 坊がつる ⇒ 法華院温泉
2日目 法華院温泉 ⇒ 鉾立峠 ⇒ 白口岳 ⇒ 東千里ヶ浜 ⇒ 中岳 ⇒ 御池 ⇒ 久住分かれ ⇒ 北千里ヶ浜 ⇒ すがもり越 ⇒ 砂防ダム ⇒ 坊原 ⇒ 長者原
パッキング・タイム
最初のハードルは山小屋への予約でした。ネット予約ができません。おそるおそる電話をかけ、1泊2食の個室を予約することに成功しました。その日は宿泊客が少ないため、通常は特別室にしかついていない暖房器具を部屋においてくれるとのこと。しょっぱなからラッキーです。昨年の秋にくじゅうの山に魅せられて、何としても雪のくじゅうに行ってやろうと準備を整えてきました。アイゼン、ゲイター、ニット帽、ネックウォーマー、手袋といった冬小物いろいろの他、雪道のためにタイヤチェーンも購入!寝袋やダウンパンツまでは手が届かなかったので、まずは個室から山小屋入門です。ホテル泊と違い、すべての荷物を持って登らないといけないので、持ち物リストを作成し、入念に準備を進めます。荷物が濡れないようにスタッフバックやジップロックを利用して仕分け、取り出す頻度を考えながらパッキングしていきます。このパッキングだけで、ゆうに6時間くらいはかかってしまいました。なぜなら、途中でメイクの手間を減らすためにBBクリームを買いに行ったり、メイク落としシートや化粧水などを必要な量だけ小分けにしたり、マーブルチョコを入れたオリジナルミックスナッツを作ってみたり、登山本やネット情報をもとに色んな試みにチャレンジしていたからです。
いつもは30リットルのザックを使っているのですが、今回は40リットルの大きめザックを使用しました。数年前にセールで買ったオレンジ色のカリマーRidge40です。このザックは上下左右からザック内部にアプローチできるので、非常に便利です。
1月13日朝7時30分、くじゅうへ向けていざ出発です。
オシャレ心の悲劇
2020年01月13日晴天の下、一路くじゅうをめざします。前回のくじゅう遠征の時のように阿蘇で寄り道なんてしません。なぜなら、今日は長者原についてから、法華院温泉山荘まで歩かなければならないのです。
12時前に長者原に到着しました。冬の長者原は秋とは違い、閑散としています。かの有名な山雑誌、『山と渓谷』によると、雪が降るとどんな山でも上級者レベルになるのだそうです。たしかに、つるっと滑落したら命に関わるのは目に見えています。あと予想以上の気温低下と天候悪化も用心です。
1年前までは、雪山なんてとんでもないと思っていたのに、北アルプスをめざす今の私はむしろ雪を求めています。人間、変われば変わるものです。はやる気持ちを抑えて、朝作ってきたおにぎりをそそくさと食べ、いよいよ出発の準備にとりかかります。ザックの最終確認をし、靴紐を締め、買ったばかりのゲイターを装着します。鹿児島のお店にはゲイターが1種類しか置いてなかったので、色だけ選びました。ゲイターがピンクや黄色だといささか老けるような気がしたので、いちばん落ち着いた紺にしました。(ほんとは黒がよかったのだけれど…)
くじゅう遠征の準備をしていた夜、紺色のゲイターを見ていると、オシャレ心がむくむくと湧きだし、ワッペンでカスタマイズしようとしたのが悲劇の始まりでした。生地にアイロンを押し当ててワッペンをつけるつもりが、ファスナーの部分にまでアイロンが当たっていたのです。アイロンに何か青いべたべたが付いてきたのであわてて確かめると、ファスナーの上2/3が溶けてしまっているではありませんか!!オーマイガー!!!まだ1回も使ってないのに一瞬にしてダメになってしまいました。一瞬の油断が取り返しのつかない事故につながってしまうということが身に沁みてわかりました。不幸中の幸いで、ファスナーの下1/3は生きていたので、装着することは可能です。新しいものを買う時間もないので、今回は、穴あきゲイターで我慢します。
ジオグラフィカのおしゃべり
準備を終え、秋に歩いた湿原の中の木道を歩き、長者原登山口に到着しました。いよいよ旅の始まりです。つい数日前にスマホをアップグレードしたので、今回から登山用GPSアプリ『ジオグラフィカ』を使います。スマホにインストールして、事前に地図を保存しておけば、圏外でも問題なくGPSを使うことができる優れものです。おまけに音声ガイダンスまでついていて、高度や時間を教えてくれる便利なアプリです。しかしGPSはあくまで記録と最終手段であり地図とコンパスで目的地に向かうのは今まで通りです。なだらかで広い登山道を歩きだすとすぐにジオグラフィカがしゃべりだしました。
『時刻は13時になりました』
その声をきいたリーダーがピリッとした空気を漂わせます。登山開始は予定時刻ぴったりでしたが、早く着いたのでイレギュラーに備え早く出発したかったようです。ジオグラフィカが余計な気を回したせいで、とんだとばっちりです。もくもくと歩き、地図をよみ、また歩き、予定より遅れをとらないように歩き続けます。真剣に歩いていると、どこからかピヨピヨと鳥のさえずりがきこえてきます。いやに近くからきこえるなと思って耳をすますと、どうやらサコッシュの中からきこえてくるようです。サコッシュの中に鳥が入っているはずはありません。鳥の声の正体はジオグラフィカだったのです。どのタイミングでジオグラフィカが鳥になるのかわかりませんが、なんとなく楽しい気分になってきました。そうこうしているうちに、道の脇に雪が見え始め、だんだんと辺りの景色に雪の白が混じってきました。南国生まれのせいか、雪を見ると異様にテンションがあがってしまう私。リーダーも同じくテンションが上がってきたようです。
浮かれて歩いていたら、足をひねり、右膝に変な痛みが走りました。『やばっ!』と思いましたが、そのまま歩けたので、何も言わずに歩きます。
歩き始めて2時間ほどで雨ヶ池に到着しました。ジオグラフィカが時刻を告げます。ほぼ予定通りの時間です。雨ヶ池は広々とした湿原で、あの爽やかな白い木道が続く印象的な場所です。雨の後にはあたり一面が池になるそうです。くっきりと晴れていたので、木道に雪はなく、安全に歩くことができました。
雨ヶ池を後にし、森を抜けるとそこはもう坊がつるです。広大な坊がつるは、大昔、修行をするお坊さんの宿坊だった場所です。白い雪をかぶった三俣山や大船山が青空にくっきりと映えます。美しい景色を写真におさめながら、青と白ほど爽やかな組み合わせはないなと改めて実感します。こどもの頃大好きだったカルピスの爽やかなイメージもきっとこの色合わせのなせる業にちがいありません。
山小屋デビュー
山小屋というと、小さなログハウスのようなものを想像していたのですが、遠くに姿を現した法華院温泉山荘は、黒くて大きな建物でした。憧れの山小屋を前に、一目散にそちらに駆け出したい気もしましたが、左に行くと幕営地もあるというので、見に行ってみることにしました。澄んだ水が流れる川を渡り、野原の中を歩いていくと、広々とした芝生のテント場があります。コンクリートの水場や大きなトイレもあります。念のため、トイレの中を見てみると、何の問題もない至ってキレイなトイレでした。この素敵なテント場、なんと無料で利用できるのだそうです。山小屋まで少し歩けば温泉にも入れるし、冷たいビールも買うことができるし、テント泊デビューへの夢が広がります。
夢のテント場を後にし、ついに法華院温泉山荘に到着しました。看板の前には、巨大な登山靴のオブジェがあります。その上に立とうとしたのですが、膝に力が入らず登ることができません。仕方なく片足だけ乗せて記念撮影をします。そのオブジェのすぐ近くには法華院温泉山荘のテント場がありました。ひとつひとつ枠組みのあるテント場です。ここは有料ですが、1~2分で温泉にもレストランにも行くことができます。寒い季節のテントならここの方がいいかなと思ったり、ここまできたら山小屋泊でもいいかなと思ったり、楽しい妄想が膨らみます。
法華院温泉山荘は、通路を挟んで左右に建物があるので、どこに受付があるのか少し迷ってから、右側の建物に入りました。入ってすぐに受付と売店があり、その奥に食堂と思われるだだっ広い広間が見えます。受付で、館内の地図を渡され、部屋と温泉の場所の説明を受けます。なかなか入り組んだ造りのようです。食事時間は、夕食が18時、朝食が7時と言われ、朝食をお弁当にしてもらうことにしました。遅くとも6時には出発しなければ、明日の山行に影響が出てしまいます。
建物の案内図を見ながら、隣の別館へ移動します。部屋は2階だったので、靴を持って冷たい木の階段をのぼります。ついに部屋の前に到着しました。初めての山小屋個室、オープン!入口に板の間があり、がらんとした6畳間と荷物がおける押し入れのようなスペースがあります。
部屋には石油ファンヒーターが置いてあったので、すぐにスイッチをオンにします。とにかく寒かったので、ファンヒーターの前からしばらく動くことができませんでした。身体が温まり、くつろいだ気分になってきたところで、この山小屋の名物である温泉に行くことにしました。温泉は本館の方にあるので、また冷たい屋外に出なければなりません。ダウンジャケットを着こんで外に出ます。温泉の入り口には、半分以上がビールで占められた販売機が置いてあります。脱衣所には誰もいませんでした。浴室にも誰もいません。思ったよりも大きな浴槽が真ん中にでーんとあるのですが、何枚もの木の板で蓋がしてあります。持ち上げようとしたのですが、かなりの重量です。仕方なく、板のすき間から温泉に入ります。蓋のせいで解放感に欠けますが、暖かい湯に身も心もほぐれていきます。こんな山の中で温泉に浸かれるなんて、くじゅうはほんとに素晴らしいところです。
山小屋の夜
温泉から出た後は、当然のように販売機でビールを買いました。イオンのお歳暮コーナーで見て気になっていた『ザ・プレミアムモルツ・マスターズ ドリーム』を500円で購入。マスターズドリームは、サントリーが半世紀以上の歳月をかけて追い求め続けた、醸造家が夢見た心が震えるほどにうまい夢のビールなのだそうです。期待が高まります。まだ食事時間には間があったので、談話室で暮れゆく山の景色を眺めながら、チップスターをおつまみに濃厚でフルーティーなビールをいただきます。サントリーが自信をもって出したマスターズドリーム、さすがの美味しさでした。
夕食時になり、本館へ移動します。食堂とみられる広間はがらんと冷たく、どこに行ったらいいのかわからなかったので、調理場にいた女性にきいてみると、広間の奥の小部屋が食事場所だと教えてくれました。8人掛けのテーブルがおかれたその小部屋には、気難しそうな男性がひとり座って新聞を読んでいました。挨拶をして席に着きます。他と比べると、この小部屋は楽園のような温かさです。ほどなくして、もう一人、痩せた男性が入ってきました。今日の泊り客はこれで全員そろったようです。待ちに待った夕食が運ばれてきました。ディナーのメインは唐揚げでした。唐揚げ大好きのリーダー、大喜びです。それから、おでん。今日みたいに寒い夜にもってこいのメニューです。そのほか、サラダやお味噌汁、ごはんにヨーグルトとボリューム満点のディナーでした。テレビで、なぜだかずっとイラン戦争のドキュメンタリー映像が流れていたせいか、小部屋には多少不穏な空気が流れていましたが、何はともあれ、貴重な蛋白質をたくさん摂り、エネルギー補給をすることができました。
食事を終え、もう1本ビールを買って部屋に戻ります。外はびっくりするくらい真っ暗で、空には星が瞬いています。夏だったら、外のベンチで星を眺めて過ごすのも素敵ですが、とにかく寒かったので、そそくさと部屋に戻ります。ビールを飲みながら、明日の行程を確認していると、ドアをノックする音が…。何事かと思ってドアを開けると、宿のご主人が明日のお弁当を持ってきてくれたようでした。漬物・梅干しNGで注文していたので、念のため確認してみると、どちらもバッチリ入っています。仕方ないので、明日は食べられる物だけ持っていくことにします。
消灯の前に、歯磨きとトイレをすませます。寒さ対策でダウンを着たまま寝ていると、途中で暑くなって目が覚めたり、今度は暖房が切れて寒くなって目が覚めたり…。毎度のことですが、山の日は睡眠不足です。
暗闇を歩く
2020年01月14日5時の目覚ましより早く意識は戻ってきていました。予定より早めに部屋を出ることにします。今日はハードな計画なので、古傷のある右足首にしっかりとサポーターを巻き、両膝にもザムストのごついサポーターを巻きつけます。完全装備で外に出ると、まだ真夜中のような暗さです。筋肉痛予防のためにストレッチをしてから歩き出します。山小屋の看板のあたりを過ぎると、一気に本格的な闇に包まれます。すかさずヘッドライトを点灯!ヘッドライトを点けたのは、何年も前、まだ山に登り始めて数回目の時に、霧島の矢岳で道迷いをしたとき以来です。あの時は、夕方、何となく暗くなり始めた時間帯だったので何とも思わなかったのですが、本気の暗闇の中だとヘッドライトの灯りが心もとなく感じました。やはり、3000円くらいの安物だと山の闇には太刀打ちできません。リーダーのヘッドライトが灯台のように明るかったので、そのおこぼれをあずかり、前に進みます。
歩き出した時は、凍りそうなほど寒かったのですが、歩いているうちに、だんだんと熱くなってきます。帽子をとり、ネックウォーマーを外し、手袋を外し、中に来ていたフリースベストを脱ぎ、だんだんと軽装になっていきます。闇の中ですが、イソップ物語の『北風と太陽』を思い出しました。
くじゅうで初日の出
徐々にあたりが白み始めました。曇りのち雨の予報だったので、日の出は諦めていたのですが、ちょうど樹林帯を抜け鉾立峠に到着すると、目の前に展望が開け、そこには見事な朝焼けが広がっていました。雲のすき間から黄金の太陽が大地を照らしています。空は金色~オレンジ~モーブ色へと繊細なグラデーションを描いています。大好きなアウトドアブランド、『patagonia』のロゴマークのような空です。新年に初日の出を見る習慣がないので、私にとっては、これが今年の初日の出でした。登山靴を買いに早朝のバスで福岡に行ったとき以来のご来光です。もともと早起きが苦手で夜更かし大好きな私。山と無関係で日の出を見たことはない気がします。
太陽の光を浴びていると、このままますます温かくなるような気がしてきます。雨もまだまだ降りそうもないし着ていたレインウェアの上下を脱いでしまおうかなと思いましたが、このあともっと高いところに行くし、雨予報だから上着で調節した方がいいとアドバイスを受けました。レインウェアの上着をザック上部に固定し、歩き出します。時折Patagoniaの朝焼けを振り返りながら、白口岳山頂を目指します。
白口岳でクライマー気分
鉾立峠から白口岳山頂へ向けて、道は真っすぐに伸びています。見上げるほどの急登です。前半は土の道をただただ登っていくのですが、後半に近づくとごつごつの岩場になります。うっすらと雪が積もった道をひたすら登り続けます。途中、ストック先端のゴムが外れたのに気づき、慌てて拾って再装着。その後、巨大な岩をよじ登ったりしているうちに、今度は反対側にストックのゴムがなくなっているのに気づきました。せっかく登った道を数メートル引き返してみましたがみつかりません。残念ですが、諦めるほかありません。
白口岳山頂直下は、ロッククライミングの雰囲気です。3点支持を意識して、わずかな岩のでっぱりを指でつかんで登っていきます。7.5キロのザックを背負っているので、間違っても重心が後ろにいかないように注意します。『マジかよ』と思うような岩を登れた時の達成感は実に心地いいものです。
8時22分、予定より22分遅れで白口岳山頂に到着しました。鉾立峠から標高差350メートルの急登を無事に登り切りました。1720メートルの白口岳山頂からは、くじゅうの山々をぐるりと見渡すことができます。これから登る九州最高峰の中岳を眺めながら、朝食を摂ることにします。座っているとすぐに寒くなってくるので、脱いだフリースやレインウェアをまたしっかり着こんで、宮原PAで買ったお気に入りのアップルパイと山小屋の朝弁当の中から持ってきた赤いウインナーやコロッケをいただきます。本当は珈琲を淹れる予定だったのですが、時間が押しているので魔法瓶のほうじ茶ですませます。太陽はすっかり雲の中に隠れてしまっているせいで、ちっとも気温が上がりません。それどころか、だんだんと冷え込んでいるように感じます。昼過ぎから雨予報でしたが、もっと早くに天気が崩れそうな気配です。
傷だらけのボクサー
意外と手ごわかった白口岳を後に、次の目的地である中岳を目指します。気持ちのいい尾根を歩いていると、雪が舞い始めました。これが雨だったら相当悲惨ですが、グレーの雲から舞い落ちる雪は、どんよりとした景色を明るい白に変えていきます。稲星山から中岳へ入るコースもあったのですが、ショートカットし、こけもも群生地の道を行きます。が…、この道、けっこうな曲者でした。ちょうど目の高さに枝葉が生い茂っているので、ボクサーのように両腕で顔をガードしながらすすみます。するどい枝に目をやられたらひとたまりもありません。ボクサーの体勢を崩さず進み、ようやく無傷でコケモモ群生地を抜けたと思いましたが、それまで持ちこたえていた左膝にキーンとした鋭い痛みが走りだしました。やはり無傷ではいられなかったようです。変な体勢で歩いたせいで、昨日痛めた膝に追い打ちをかけてしまったようです。リーダーを呼び止め、サポーターを巻きなおすと、だいぶ痛みが和らぎました。
東千里ヶ浜についたのは9時ちょうど。中岳へ行くには、ゴロゴロした岩の道を登らなければなりませんが、歩けないほどではありません。白口岳の急登の後なので、むしろ楽に感じるくらいでしたが、膝をいたわりゆっくり歩きます。この頃には、本格的に降り出した雪が、くじゅう全体を包み込んでいました。
アドレナリン大放出
九州本土最高峰の中岳に到着したのは9時33分。誰もいない1971メートルの頂点から白い世界を見下ろします。山頂から半分凍った御池を見た瞬間、いてもたってもいられなくなり、休憩もせずに御池を目指します。御池につくと、上から見た時より、さらに氷の面が広がっていました。ここまでほとんど人と会わなかったのに、御池には男性2人組とソロ登山の男性がいて、熱心に写真を撮ったり、凍った池を歩いたりしています。2人組の男性は池で遊ぶためにアイゼンをつけようと話し合っているようです。私たちも、おそるおそる池に足を踏み入れ、数歩歩いてみました。水辺は底まで凍っている頑丈な自然のスケートリンクです。普段絶対に歩くことのできない水面を歩いているんだと思うと、なんだか嬉しくなってきます。
凍った御池に大興奮してアドレナリンが出たせいか、その後もほとんど休憩せずに、くじゅう分かれまで歩き続けました。久住分かれからはガレ場の道を下ります。途中、爽やかな笑顔の若いソロ登山の男性とすれ違いました。雪の中に男性の登ってきた足跡が残っているので、足の置場に迷わず安心…などと考えて油断していると、一瞬バランスを崩してぐらっと身体が振られました。ザックの重さで転げ落ちるところでした。運よく踏みとどまれたので、事なきを得ましたが、あのまま転んでいたらと思うとぞっとします。寒いのに変な汗が出てきます。さきほどの御池とはまた違う意味でアドレナリンが出たようです。運よく転落の危機を免れ、慎重に岩場を下りきると、そこは北千里ヶ浜です。
異次元の北千里ヶ浜と雪のすがもり越
荒涼とした砂漠のような、荒野のような、月のような場所が北千里ヶ浜です。周囲を岩山に囲まれた独特の地形をしています。『スターウォーズ/フォースの覚醒』でレイが住んでいた惑星ジャク―を思い出しました。ついでに、砂漠の中の家の前で、レイが水で膨らむ青いパンを食べるシーンを思い出し、空腹を覚えました。この寒さの中、ゆっくりランチを摂る感じでもなかったので、ザックからチョコレートバーを取り出し、それを齧りながら、雪降る荒野の真ん中を歩きます。小さな川もあるのですが、その水面は完全に凍っていて、ストックの先でつついてみてもびくともしません。降り続く雪以外、何も動くものがなく、しんと静まり返っています。まるでここだけ時間が止まっているようです。凍った川の向こうから今にもBB-8が転がってきそうでワクワクした気分になってきました。もちろん、BB-8が転がってくることはなく、凍った川を難なくわたり、異次元の北千里ヶ浜を後にしました。
御池で結構な時間を費やしたので、すがもり越についたのは予定より1時間遅れの11時50分でした。さらさらした細かい雪が降り続き、すがもり越の鐘や石の屋根に積もっています。しばらく休憩し、下山します。ゴロゴロと大きな岩が連なる道を慎重に下ります。岩には黄色いペンキで目印がついているので、それを見ながら下っていきます。もっと雪が積もってきたら、目印が見えなくなりそうだなと少し心配になりました。そのまま下っていくと、砂防ダムが見えてきます。岩に描かれたペンキの目印は乏しくなってきましたが、その代わりに黄色い棒がいくつも立てられていて、迷うことはなさそうです。立派な砂防ダムをわたり、鉱山道路を歩きます。落石が多いらしく、休憩禁止の看板が立っています。落石に当たったら大変なので、足早に坊原へと歩を進めます。
クリスマスツリーの小道
坊原は、周りを笹や木々に囲まれた黒土の一本道です。雪のせいで、さくさく快適に歩けましたが、道がぬかるんでいる時は、相当歩きにくいそうです。雪に感謝!足場に不安がないので、景色を見ながら歩きます。まわりの木々に雪がつもり、まるで、クリスマスツリーの並木道を歩いているみたいです。
坊原を抜けると、あとはコンクリートの散歩道です。周りには背の高い木々が連なり、クリスマスツリー感がますます高まります。秋にはふわふわの狐のしっぽみたいだったススキの穂が、綿帽子をかぶって揺れています。ざくざくと雪を踏みしめる靴音の心地いいリズムにのってぐんぐん歩きます。振り返ると、真っ白な道にくっきりと足跡が残っています。雪の高さを計ってみると、3㎝の積雪でした。山の上ではもっともっと積もっていることでしょう。
クリスマスツリーの小道を抜けて、長者原ビジターセンターの駐車場に到着したのは、13時40分。予定より1時間15分遅れでしたが、初めての雪山を歩き切りました。膝には鈍い痛みが残りましたが、大満足の雪山トレーニングでした。
今回のトレーニングの感想を一言でいうと、『雪山、サイコー』です。寒さ対策と安全対策をしっかりしておけば、真冬の山には素晴らしい世界が広がっています。残念ながら、暖冬の今年、九州で雪山に登れる機会はそうそうないと思いますが、あと1回くらいは登っておきたいところです。
ちなみに、帰り道、牧ノ戸近くになると、路肩に駐車してチェーンを巻いている車がちらほら。私たちも、お正月にオートバックスで買ったばかりのチェーンを装着して牧ノ戸峠を越えました。色々と苦労も伴いますが、それを凌駕する魅惑的な雪山!
残り少ない冬、ホームである霧島山に雪が降ることを願って、雪のくじゅう連山を後にしました。
2020年01月13~14日 Mon~Tuesday
writer オリーブ
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