北アルプスを目指して vol.02
2019年10月13日鹿児島の空はくっきりと青く晴れわたりました。ナビゲーターは “オリーブ” です。先週の藺牟田池外輪山の筋肉痛は1週間かけてようやく治まりました。筋肉が超回復を果たしたところで、すかさず第2回目のトレーニングです。
トレーニング第2山は鹿児島が誇る日本二百名山、高千穂峰です。標高では韓国岳の方が上ですが、鹿児島の登山好きの間では、高千穂峰派の方が多い気がします。岩場が続き、転倒する人が続出するという噂の高千穂峰ですが、藺牟田池外輪山で2度も転倒した私は、無事に帰ってこれるのでしょうか。気を引き締めてトレーニングに臨みます。
山と渋滞
高千穂峰に登る時は、高千穂峰河原ビジターセンターに車を停めます。料金は500円。しっかりと靴紐を締め、ビジターセンターへ向かいます。トイレはもちろん、飲み物の自動販売機や観光案内所、『氷』の旗を揺らめかせた小さな売店のようなところもありました。連休中日ということもあり、多くの人でにぎわっています。
登山口へ向かう道は、車が5台くらい横並びで走れそうなほど大きく立派です。しばらく歩くと目の前に階段と古い鳥居が現れます。天孫降臨神籬斎場です。毎年11月に、この古宮址と高千穂峰山頂で、人々が願いを託した祈願札や絵馬が焚かれるそうです。この鳥居へ続く階段を昇らずに右に進むと高千穂峰登山口です。背の高い涼し気な木々に囲まれた石畳の道が登山者を優しく迎えてくれます。石畳の道を歩いていくと、次第に段差がつき始め、だんだんと階段になっていきます。しっかりした階段ですが、歩幅を制限されるので、やはり階段は苦手です。後ろからすごい速さで迫ってくるソロ登山の男性の足音に圧倒され、焦って足がもつれて転びそうになる私。ついにリーダーを呼び止め、ソロ登山の男性を先に行かせます。登り始めて18分。惜しい!あと2分で20分だったのに!心臓はすごい速さで脈打ち、完全に息も上がっていましたが、少しペースを落として先へ進みます。階段の次は、大きめの砂利とゴロゴロした石が混じったような赤いザレ場の登場です。もはやここは岩稜地帯。1本の木もありません。
足が砂利に食い込むせいでなかなか前にすすみません。『あの境目までいったら休憩しよう』とリーダーが指さした場所は急な登りが始まる手前のちょっとした広場のようなところです。決して近くはありませんが、必死でがんばればなんとか行けそうな距離です。リーダー、鋭い線をついてきます。気が付くと、心臓のバクバクは治まっています。身体がきつさに順応したようです。目的の場所まで到着し、立ったまま、水とピュレグミでしばしの休憩。長居はせずに先へ進みます。それにしても、人が多い!進む先々で写真撮影をするグループに遭遇するので、邪魔にならないように大回りをして歩きます。
いよいよ本気の岩稜登りのスタートです。ごつごつした岩が延々と続きます。大きな岩や切り立った崖のような場所はないので、ロープや鎖はありません。時折手で岩をつかみながら、自分の足だけで登ります。後ろからペースの早い登山者が来ると、慌てて足を滑らせたり、必要以上にがんばって息があがってしまうのが私の悪い癖だということが判明しました。トレーニングを積んで、スピードを身に付けることと、ペースの早い人には早々に道をあけることを心に決めました。岩稜歩きでずっと足元ばかりを見ていると、自分のキツさばかりに意識が集中します。リーダーに促され、ふと目を上げると、岩場のわきの稜線にそってまだ若いススキの穂が一列に並び、火口への斜面には茶色と緑が混じったような枯れた植物のかたまりが至るところに密生しています。
これが噂の高千穂峰名物、ミヤマキリシマです。満開の頃には、ごつごつした山肌がピンク色に染まるのです。そういうわけで、5月の終わりから6月の初め頃にかけては、今日よりももっとたくさんの人がこの山へ押し寄せるのです。これ以上人が多いと、自分のペースで歩くのは困難です。しかし、人の多さを恐れていては、到底北アルプスには行けません。街も山も人気のあるところには、渋滞がつきものです。もしも街中で田畑を耕す耕運機に乗ったとしたら、きっとそのノロさで、大渋滞が起こります。きちんとスピードの出る車で街を過不足なく走るように、山でも一定レベルの速さで歩きたいものです。
ランチと霧島連山オールスターズ
ごつごつした岩場を登りきると、『馬の背』にでます。想像していたより、広くてきれいな道です。立派なサラブレッドの背中を思わせます。馬の背の右側の斜面は赤っぽく、左側は黒っぽくなっています。左右でいろんな顔を持つ面白い馬です。平和な馬の背を終えると、ゴールかと思いきや、少し下った先に、ため息が出るような急登が立ちはだかっています。それを登り切ったてっぺんにかの有名な『天の逆鉾』が突き刺さっているのです。急登には、沢山の人々が小さく貼りついています。気合を入れて私もその仲間に入ります。
とにかくすべりやすい砂利に気をつけながら、慎重に登っていきます。途中、木を横に渡した階段のような場所もあります。一体いつまで続くんだろうと思った頃に、リーダーが『ほら、もうすぐだよ』と先を指さします。目をあげると、『え!もうそんなに近く?』というくらい近くに小さな鳥居と青銅色の逆鉾が見えます。ゴールが見えると元気になるのは不思議です。口数も多くなり、『逆鉾、小さすぎ!』などと失礼な軽口をたたいてしまいました。1時間20分で山頂に到着しました。想像していたより小さかったとはいえ、壮大な高千穂峰の頂上に突き刺さった天の逆鉾は、威厳に満ちていました。新婚旅行でこの地を訪れた幕末の武士坂本龍馬と妻のお龍は天の逆鉾を引き抜いたといいますが、とんだ怪力の持ち主です。天の逆鉾の周りには、常に人だかりができていて、その周辺でランチをとる人がほとんどです。逆鉾から少し離れ、避難小屋を下った先に広々とした平地をみつけ、そこでランチをとることにします。
今日のメニューは、鮭おにぎりとエビ春巻きとアメリカンドック。なんて斬新な組み合わせ!昨日、テレビでセブンイレブンの特集をしているのを見て、どうしても食べたくなったものをすべて買ってきたのです。ホットスナックはすべて冷めてしまっていましたが、いつもながら、山で食べるととてつもなく美味しく感じます。さらに今日は、スペシャルデザートを作ってきました。冷凍ミカンです。作ったといっても、ミカンの皮をむいて2~3房ずつにわけて冷凍しただけですが、甘酸っぱい果汁があふれ、真ん中がシャリっと冷たくて、癖になる美味しさです。リピ間違いなしです。
美味しいランチをいただきながら、ぐるりとあたり見渡すと、ひときわ高い韓国岳や白煙を吐く新燃岳、紺碧の水をたたえた御池など霧島連山のスターを一同に見ることができます。赤茶けた砂利のところどころにアザミがピンク色の彩りを与え、リンドウの青い花も綺麗に咲いています。ふわふわになったススキの穂が涼しい秋風に吹かれ、今にも飛んでいきそうです。高千穂峰からの大パノラマは爽快でした。たまらず遠くの山に向かって『ヤッホー』と叫んでいる山ガールもいます。やはり人気のある山にはそれなりの理由があるようです。
なんでもないや
冷凍ミカンでシャキッとリフレッシュしたところで、下山開始です。時刻は13時。登りよりは早く着くだろうと、張り切って歩き始めました。しかし、滑りやすいザレ場を下るのは、とってもコワいということにすぐに気が付きました。目の前でしりもちをつく女性を見て、『ヤバイ!』と足に力が入ります。ビクビクしながら歩くのでなかなか先に進めません。60代後半くらいのマダムチームが、『穂高に行ったときの道がナントカ』とか『涸沢がナントカ』とか憧れの北アルプスの話をしながら、楽々と私の横を通り過ぎていきます。大先輩の後を追おうとがんばりますが、さすがアルプス経験者、あっという間に見えなくなってしまいます。深さのある砂利道は踵から踏み込むように歩くと自然にブレーキがかかって楽に歩けるというリーダーの教えに沿って、おそるおそる『踵歩き』を試してみます。すると、面白いようにザクザクと歩くことができました。踵歩きをマスターし、通常の登山道のわきにある砂利だらけのザレ場を踵歩きで進みます。この作戦で一気に馬の背までたどりつき、すぐにでも下山できそうな気になります。改めて馬の背を歩くと、『君の名は』の黄昏時のシーンを思い出しました。
“僕らタイムフライヤー時を駆け上がるクライマー時のかくれんぼはぐれっこはもういやなんだ嬉しくて泣くのは悲しくて笑うのは君の心が君を追い越したんだよ”
鹿児島出身の上白石萌音が歌う『君の名は』の挿入歌、『なんでもないや』が頭の中で鳴り響きます。歌詞の中にクライマーという言葉が入っているのに気づきちょっと嬉しくなります。たしかに、こういう場所にいると何か神秘的なことが起こってもおかしくないような気がします。しかし、この後、『なんでもないや』なんて言ってられないような事態に見舞われることを、この時の私はまだ知らなかったのです。
ピンチ続出!
馬の背の後は、赤いごつごつした岩稜地帯です。砂利道がないので、踵歩きが通用しません。足が置けるような岩を探しながら歩きます。下りは足に負担がかかり、だんだんと膝がガクガクしてきます。岩に乗るために足先に力が入るためか、前回の藺牟田池外輪山の時はあまり痛みを感じなかった足の親指の付け根あたりにも痛みが出てきます。油断して足を滑らせ、万が一転倒したら、絶対に流血するような岩場です。緊張が続き、ついに一歩も歩けなくなりました。ずっと先に小さく見えるアルプス経験者のマダムたちを泣きそうな思いで眺めます。少し休憩し、気を取り直して歩き始めます。歩かない限りは、山を下りることはできません。岩稜では、どんなに膝が笑っていようと転ぶわけにはいきません。細心の注意をはらい、ゆっくり下ります。途中、熱中症のように倒れこんでいる男性がいました。何人もが足を止め、影を作ったり、水や飴を渡したりしています。『もう大丈夫』と男性は言っていますが、あまり大丈夫そうには見えません。ジーンズにTシャツ姿の男性、初めての登山だったのでしょうか。山は普通のレジャーとは違います。しっかりとした心構えが必要です。
そして、ついに!赤い岩稜地帯を下りきりました。ただただ安堵の気持ちでいっぱいです。このまま階段をおりて一気に下山!と思ったのですが、靴の中に小さな石がたくさん入っています。少し休憩して靴の中の石を取り除き、その靴を履こうとした時に、大変なことに気づきました。靴底が剥がれています。3年間放置していたお気に入りの4万円のザンバランが無残な姿になっています。とりあえず、歩くことはできるので、靴を履こうとしたその瞬間、足が完全につってしまいました。声も出ない激痛です。普段から足がつりやすい私。買ったばかりの『コムレケア』は自宅の引き出しの薬入れの中です。必死で足を伸ばし、つれ感をやりすごします。足のつれと奮闘しながら、靴底の剥がれた靴を履いて最後の石段を下ります。度重なるピンチで気持ちが萎えてしまったせいか、もうすぐゴールだと言うのに疲れがどんどん増していきます。
リーダーが途中で道を右にそれ、朝見ることのできなかった天孫降臨神籬斎場へ出てきました。新しい景色に少し気持ちが明るくなります。鳥居のすぐそばの大きな木の幹に絡んだ蔦の葉が、綺麗な赤に色づいています。何気ない自然の美しさに心が癒されます。最後の最後、天孫降臨神籬斎場からの立派な広い道を歩ききり、14時58分、無事に下山しました。
女は度胸
登りはいいペースで進めたのですが、なんと下りにその1.5倍の時間を要してしまいました。岩稜は恐怖心との戦いでした。『石橋をたたいても渡らない』といわれる慎重派のA型女子の私。それ故に、緊張の続く今回の山では転倒こそしなかったものの、コワくて前に進めませんでした。山では『女は愛嬌』なんて言ってられません。強い度胸が必要です。
しかし!何はともあれ無事に第2回目のトレーニングは終了!反省点は多々ありますが、とりあえずは、無残に剥がれた靴を何とかして、第3回目に備えます。今持ち上がっている難問は、鹿児島のいったいどこで靴を選べばいいのか問題。登山を始めたばかりの頃にお世話になっていたマルヤガーデンの好日山荘は今はもうありません。世界遺産の屋久島があるのになぜ撤退してしまったの(涙)。まずは色々と情報収集をして準備を整えます。
第3回目のトレーニングまでに無事に靴を調達できるのか・・・まだまだピンチは続きます。
2019年10月13日 Sunday
writer オリーブ